振り向いて、微笑んで。

最高のショットを約束するから。

『 ラストシット 』

「治安の悪い街だな」

 ニューヨーク。

自由の女神は、マンハッタンを初めて訪れた子供らを歓迎しているのか、それとも。

「そーね。あなたはステイツに来たのは初めてなの?」

「ああ」

 U.S.も何も、トリスタン・リオネス、彼がイギリスの外に出たこと自体が初めてだった。隣に並び歩く、彼と同世代の少女はもの珍しそうに街中を見回っている。 彼の『となり』――いつもだったら、彼の『後ろ』に付き纏う小さな飛ばし屋少女がその役目なのだが、彼女は生憎時差にやられてホテルの中だった。

「わたしも初めて」

 東洋系のこの少女は、すれ違う金灰色のブロンドをした少年を振り返り口笛を吹いてから、「あのコ、きれい」とまつげをパシパシさせながら笑った(だから、この女とは一緒に歩きたくないのだ、とトリスタンは思った。しかし、生徒のひとり歩きはコーチに禁止されている)。

「ねえ、それで明々後日の公式試合ってどこでやるんだって?」

「もう少し、田舎のほうだと聞いた」

「なーんでこんな都会にきてんのさ、私ら」

「さあ……。明日、移動すると言っていなかったか?」

「大体、世界Jr.の大会に強制参加だなんて、今までなかったよね」

「そうだな」

 街の散策にはもう飽き、「もう帰らないか」と彼はあくび混じりに呟く。

「いいけど」

 そう言いつつも、彼女はまだまだ好奇心の満たされない目で街を見上げた。その闇色の目がふいに笑いの形に歪められたので、トリスタンはあまり開くことのない唇を動かし、

「……嬉しそうだな?」

「うん。 あ、あのコの目、緑。きれい。ホラあっちにいる、まつげが金色の男」

 どこか話題をそらすように、彼女は道の向こう側を視線で示した。よくもまあ飽きないものだ。イギリスでも街に出ればいくらだって男はいるのに、そんなに珍しいのか。

「さすがニューヨーク」

「ロンドンでも、変わらない」

「嘘でしょ。ロンドンなんか全然敵わないって」

「そうか」

「でも、まあ、これだけは確かにロンドンと変わらないとも言えるかも」

「……?」

                   ◆ 

                   ◆

微妙に会話のズレが生じた事に2人は気がついただろうか。

少なくとも彼、トリスタン・リオネスは、この日本人の女のセリフの意図に気が付いたようには思えなかった。たまにロンドンの街並みを歩くとすれ違う女ほぼ全てを振り返らせると言っても過言ではないトリスタンが、ここ、いい男がそこら中を歩いているニューヨークでも変わらず周りの視線を集めていることに彼女は満足していたのだ。道行く金髪のニューヨーカーらは彼女の目を引いたが、彼女は少年らの全身をざっと観察したあと、必ず心の奥でこうほくそ笑んでいた。

ああ、あの子カッコいい。でも残念、トリスタンのほうが、きれい。

 パーシバルには悪いが、彼女がダウンしていなかったら、自分にトリスタンの隣という位置は

与えられなかっただろう。全く、この男の隣を歩くのはなによりの娯楽だ。

感謝の気持ちを込めて、パーシバルに写真でも撮っていってやろう。女は、インスタントカメラの向こう側を歩くトリスタンを、街並みごとフィルムに焼き付けた。

まあ、写真嫌いのトリスタンは嫌がって顔を背けてばかりいたのだけれど。 

 彼をトリスタンが見かけたのは、いい加減この女の散歩に付き合うのが馬鹿らしくなってきた頃だった。

 少女がパチリパチリと観光客よろしく居並ぶビルを写真に撮っているその向こう。爬虫類系の顔立ち。麻色の髪。趣味の悪いコートを羽織っているあの男は。

彼はちらりとこちらを向いた。そして唇の端をつり上げて笑う。

「トリスタン、カメラ持ってて?」

 少女の言葉も耳には入ってこない。だからシャツのポケットにカメラが滑り込まされたのにも気が付かなかった。

「……って、どーしたの?」

 急にビルの向こうを見つめだしたトリスタンを心配したのか声をかけてきた少女に「先帰れ」とだけ言うと、トリスタンは今まで見ていた方向へ一気に駆け出した。

「あ!ちょ、トリスタン……」

 呆気に取られたような女の声を背後に聞きながら、トリスタンは男に向かって走った。

 男――アシュクロフトは、トリスタンの姿を認めると踵を返してビルの隙間に飛び込んだ。

 5分ほど走っただろうか。薄汚い路地の行き止まりでトリスタンは息を切らせて立ち止まっていた。アシュクロフトは壁を背にして、あの薄気味悪い微笑みを浮かべている。

「こんにちは、お久し振りですねトリスタン」 

「……どうしてここにいる?」

「おや、いちゃいけませんか? 私だってたまには買い物をすることもありますよ」

 おどけた仕草で、爬虫類男はそう言った。

「アメリカはグラールキングダムの本拠地です。忘れてましたね?」

「嘘をつくな」

 そう言いきったトリスタンに、アシュクロフトはさも可笑しそうに喉を鳴らして笑った。

「そう、嘘です。あなたに会いに来たんですよ、トリスタン」

 アシュクロフトの瞳は、獲物を狙うヘビか何かのようにぬらりと光っている。

「また負かされたいのか?」

「違いますよ……ゴルフの勝負をしようって言うんじゃありません」

「じゃあ、なんだ」

 アシュクロフトは答えない。春だというのに真っ黒いコートに身を包んでいる彼は(余談だが、いつも真っ黒なトリスタンは、今日は珍しく淡いブルーのシャツを着ていた)答える代わりに一歩一歩こちらへ近付いてきている。

「トリスタン……」

 顔が触れそうになるほど近くに寄られて、トリスタンは思わず半歩後ろに下がった。しかしアシュクロフトに腕を掴まれ、これ以上下がることを阻まれる。

「楽しい事をしませんか?」

「何を……」

「何って、ねぇ」

「!」

 耳を、噛まれた。驚いてアシュクロフトを押しのけようとするが、反対に路地の壁に押し付けられてしまう。

「力じゃ私には敵いませんよ……?」

 耳たぶを舌で嬲られて、トリスタンの背中に悪寒が走る。思わず足を振り上げて、アシュクロフトのみぞおちに膝蹴りを食らわす。その隙にトリスタンはアシュクロフトの腕から逃れ、この薄暗い路地から抜け出そうと走りかけて――

「……っ!?」

 いきなり視界が180度反転した。

 ドサッ……

「痛……」

 汚れたアスファルトの上に転んだトリスタンは、それでも身を起こそうとして。

「やってくれましたね、トリスタン」

 あっさりと押さえ込まれた。もう抜けられそうにない。

「さあ、観念したほうがいいですよ」

 髪を掴まれて、無理矢理振り向かされた。トリスタンの金色の瞳と、アシュクロフトの濁った緑色の瞳がぶつかる。

「乱暴にはしませんから」

 アシュクロフトの長い舌が、トリスタンの瞳を舐めた。

「美しいものを壊すのは趣味じゃないんです」

服の中で、アシュクロフトの手が動き回っている感覚が気持ち悪い。

「美しいものを汚すのは大好きなんですけどね……」

 ジーンズのファスナーが下ろされる音が耳に付く。外気のひやりとした空気が下着の上からトリスタンの性器を刺激した。

「ぃやだ……」

「何言ってるんですか、もうこんなにして」

 下着を取り去ると、トリスタンのものは既に形を変えつつあった。アシュクロフトはためらいも無くソレを口に含む。

「……んっ…」

 トリスタンの身体がびくりと跳ねる。アシュクロフトはまるでアイスキャンディーでも舐めるように、その長い舌を駆使してトリスタンを攻め立てた。

「う、あ…………ふっ…」

 脳味噌がしびれてきて、込み上げてくる快感に射精しそうになったが我慢する。自分はそんなに早い方だと思ったことはなかったが、なにしろアシュクロフトのテクニックが凄すぎた。

 口が塞がっているアシュクロフトが、拳でトリスタンの腹を叩き『GO』のサインを出す。ゆるゆると首を振って「放せ」と訴えたが、アシュクロフトは放すどころか、よりきつく吸い付いてきた。

「……ん、ぅっ……ぁあぁっ!!!」

 我慢しきれなくなったトリスタンは、ついにアシュクロフトの口内に精液を放った。アシュクロフトは精液を一滴残らず飲み干すと、トリスタンの股間から顔を上げて満足そうに微笑む。

「いいですね……あなたの、イク時の表情」

「……見るな」

「どうしてです?あなたは万人に見られる価値があるのに」

 アシュクロフトはコートを脱いで、トリスタンを抱き起こす。深く口付けると、唇を噛まれた。

 切れた唇から血が滴り落ちて、トリスタンの白い肌を赤く彩る。

「あなたは美しい……」 

 舌でその血を舐めとってから、アシュクロフトはコートの上にトリスタンを押し倒した。

                  

                  ◆    

 事が済んで。

気を失ったトリスタンの身体を拭き、服装を整えていたアシュクロフトは、トリスタンのシャツのポケットにインスタントカメラが入っている事に初めて気がついた。

「おや、あと一枚残ってるじゃないですか」

 アシュクロフトは手に取ってフレームの中にトリスタンを収めると、最後の一枚をさっさと写してしまった。

「どうせなら、最中の写真撮ればよかったですね。アノ時の顔とか」

 そんな恐ろしい独り言をさらりと言いながら、トリスタンに撮り終えたカメラを返す。

「それじゃ、私はこれで。ここ治安悪いですから、あなたのお友達お迎えに呼んでおきました。安心して下さいね」

 そう言い終わるか終わらないかの内に、こちらに向かって走ってくる足音が聞こえてくる。

 アシュクロフトは、横道へと姿を消した。

「お、いたいた!こんな所で何寝てんだよトリスタン!」 

「………ん…」

「おーい、トリスタン!」 

「………う……ん…………アイス、か?」

「何なんだよ……ったく……ホテルに『あんたの友達が道で寝てる』って電話あってよ、きてみたらコレだもんな。一緒に出かけたはずのコウキは先に帰ってきてるし」 

「知り合いを見た気がして、走って追いかけていたら気分が悪くなった」 

「…………ホントかよ?」

「何故?」

「いや、トリスタンがちゃんと言い訳すんのは珍しいから」  

「……」

「怒るなって!ほら、具合ワリーんだろ、おぶってってやるよ」

「いい」

「遠慮すんなって!……ん?コレ、トリスタンのカメラか?」

「いや、コウキの」

「そうだよな、トリスタンは写真嫌いだもんな。まぁいいや、早く帰ろうぜ」  

                

                

「なんかこの男、見覚えがあるのよね……」

 どうしても思い出せない。

ホテルに現像を頼んでおいた写真が出来上がったと聞いて、足取りも軽くそれを取りに行ってきたばかりの女は、今、暇潰しにそれらを寝転がって眺めている。大会が始まる前からカメラひとつ使い切ってどうすると皆は笑ったが、どうってことはない、また買い足せばいいのだ。街の女ども(あるいは、男ども)の視線に囲まれたトリスタンを、早くパーシバルに見せてやりたかった。喜ぶだろうか。少なくとも、私は嬉しかったけれど。ついでにエアメールでガウェインに送ってやるのもいい。あの子のことだ、こんなに大勢の人間に見つめられる男が、まさか自分に恋愛感情に近いものを抱いているとは考えもしないだろうが。考えるわけがないか、あれはまだ小学生の男の子だ。それもとびきり天真爛漫の……。

そんなくだらない事を考えつつ写真をめくっていた彼女の指が、ある一枚で止まった。見覚えのあるような気がする男が、ビルの谷間の人ごみの中に写っている。顔立ちは爬虫類系で、髪はどこか軽薄そうな麻色。瞳の色までは特定できない。……誰だったっけ?

五分ほど悩んで結局なにも思い出さなかった彼女は、次の写真を見るべく正体不明の男の写真を放り投げて――そこで、息を、詰まらせた。

最後の一枚。

「……すんごい、キレイ」

汚れた裏路地の塀に背を預け、長いまつげを物憂げに伏せているトリスタン。その艶かしさに思わず唾液を飲み込む。まさかケンカにでも巻き込まれて倒れているのかとも思ったが、どこにも怪我をした様子は、ない。まあボディーに食らったのなら話は変わってくるけれど、しかしその顔は、苦渋に満ちているというよりは恍惚の余韻に浸っていると言ったほうが的を得ていそうだった。淡いブルーのシャツにくたびれたジーンズ。別段変わったところもなさそうな格好の彼は、淫らに美しく、見る者を――少なくとも今、彼女を誘惑していた。

「キレイだけど………すごいエロい顔してる」

これは独り占めしてはいけない。    

「パーシバル!!スフィーダ!!野郎ども!!いいもの見せてあげるから、集まれー!!」

 フロア全体に響き渡る大音量で叫びながら、彼女はふと疑問に思った。

 この写真のシャッターを押した人間は一体誰なのか、と。

 

                               END 

 

* 言い訳 

     はい……コレはなんとアシュクロフト×トリスタンという新たな試みです。

     実は、かなり前に書いたまま放置していたという……。

     しかもまた懲りずにオリジナルキャラがいます……。

     そしてリクエストして下さったコウキさんの名前を無断借用(謝)。

     すみませんすみません。しかもこの話をしていたのが確か春休みだったのに、

既に夏休みで余計すみません……。

というわけで、コウキさんに捧げます(迷惑)。

ぬるま湯のようなエロで再三すみません…ぐす……。

 

02.08.10 yogito(改稿)  

 

■管理人からのコメント

アシュトリ書いてくださいという果てしなく図々しいお願いを実現してくださいました。しかもものすごい萌え…これでもかというくらい萌え…だって、だって、トリが色っぽくて美しすぎる…!!(それはもう絵にも描けないほどの)アシュがエロエロな確信犯でこれまた理想すぎる…!!ハァハァ…前戯描写がたまりません。スゴイテクのアシュが、押し倒したあとどんなプレイを繰り広げたのかも是非知りたいトコロです。私の名前まで出してくださってホント有難う御座いました(照)

その、綺麗でえちな写真欲しい…

書いてくださって本当に有難う御座いました!!

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